http://i.loveruby.net/w/RipperTutorial.html
Ripper のチュートリアルを書いてみた。
いずれはしかるべきところにしかるべき形で移したいと思うが、 それがどこでどのような形になるのかは未定。 続きを書く時期も未定。 Ripper の実装が終わる時期も未定。
(22:14)
"Re: What is the Green Card Lottery?" という Subject の SPAM が来た。 なんか気になったのは、Green Card Lottery という単語が こないだの講義で出てきたからだ。 確か従軍するのとひきかえにアメリカの移民権がもらえるとか そういう話の中で出てきたような気がする。
調べてみると、従軍とひきかえにどーのこーのというのは Green Card Marines だった。 Green Card Lottery はより一般的な移民の話だな。 それだったら SPAM になるのも理解できる。
(22:57)
http://mput.dip.jp/mput/?date=20041130
> 自分のプロダクトでいかに「みんなが」幸せになれるか、 > を考えたときに、コンパイルさせるっていうのはそれだけで > 大きな disadvantage だと気付いたのです。
いやいや、自分が幸せになれるかどうかは重要ですよ。
俺は 6 つの OS と 5 つのアーキテクチャで Ruby と拡張ライブラリをコンパイルしまくった結果、 コンパイルさせるっていうのはそれだけで 「俺が」幸せになれないということに気付きました。
(23:40)
ちなみに上記の文は 「俺が、俺が幸せになれないと思った理由」は書いているが 「自分の幸せを考えたほうがよい理由」は書いていない。 それに気付きつつも理由を書かないのは、 「拡張ライブラリを作ると幸せになれない」 という結論が同じなら どうでもいいかなって思ったからである。
つまり、拡張ライブラリが人を幸せにするか (なかなか凄い命題だな)、 という問いに答えるにはコンパイルのコストだけを考えれば十分であり、 みんなのためを思う必要はないと言いたいのだ。
いや違うな。 問いは「拡張ライブラリが人を幸せにするか」であるべきで、 「拡張ライブラリが (自分以外の) みんなを幸せにするか」でも 「拡張ライブラリが俺を幸せにするか」でも不適切であると言いたいのだ。 また、その目的から考えると、 「自分の幸せを考えたほうがよい理由」 は書いても無駄になるばかりか、むしろ本来の目的を阻害する。
ではなぜそこを区別したいかというと、 ……うーむ、なんでだろうな。
(00:07)
AIX ではまだ ruby がコンパイルできてないので 6 つの OS と 5 つのアーキテクチャというのは嘘である。 が、数が大きいほうが面白そうなので嘘ついておいた。
(00:26)
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